立憲民主党のインタビューを受けました #02

先日の立憲民主党インタビューの続編をお送りします。
今回の内容は、政治を志した理由について詳しくお話しした部分です。ご覧ください。

★前回のインタビュー内容はこちらをご覧ください


INTERVIEW#02 文京区担当政策委員 沢田けいじ
「この町への思いを子どもたちに受け継いでいくために」

――政治を志したきっかけを詳しく教えてください
先ほどお話ししたとおり、ちょうど十年前に文京区議会議員の渡辺まさしさんに「一緒に火の用心を回ってくれないか」と誘われたのがきっかけです。渡辺さんとは、ご実家がご近所で以前から面識はありましたが、町での活動をご一緒したのはこのときが初めてでした。

――火の用心はどんな具合でしたか?
拍子木を叩き、口上を述べながら二人で夜の町を歩いて回るのですが、何より驚いたのは、渡辺さんが町のことを知り尽くしていたことでした。細い路地をくまなく歩き、すれ違う人すれ違う人に声をかけて回るんです。「火のもと、戸締り、ご用心してお休みください」「寒いなかおつかれさま。いつもありがとう」という風に、みんな顔見知りなんですね。本当に驚きました。

――みんなに声をかけるんですか?
はい。そう思って見ると確かに、この町の人たちは普段から道ゆく人に声をかけるんです。ご近所のお爺さんは、いつも路地の入口に立っていて「どこ行くんだ」「誰かに用か」と声をかけるし、通りの惣菜屋のおばさんも、「さっき、奥さんが大根を買ってたから、今夜はきっとお鍋ね」なんて、本当によく見ているんです。それまではお節介としか思っていませんでしたが、渡辺さんとご一緒したことで、この人たちが町の安全を守っているんだということに、初めて気がつきました。

――他には、どのような関わりがありましたか?
火の用心がきっかけで、それまでは遠巻きに見守るだけだった町会の活動や行事の運営にも関わることになりました。はじめは大好きな子どもイベントやお祭りだけでしたが、やがてまちづくりや防災など、さまざまな町の活動に関わるようになり、渡辺さんや町のみなさんとご一緒する機会も増えました。町の仕事や役割を任されるたびに、この町を大切に守ってきた人たちに近づける嬉しさと、コミュニティの一員として認められる誇らしさを感じました。また、そうやって渡辺さんやみなさんの町への熱い想いに触れるうちに、いつしか私もこの町を第二の故郷と感じるようになりました。

――もうひとつの故郷ということですか?
ええ。子どもたちにとっては生まれ育ったこの町が故郷なんですよね。自分と同じように故郷の原風景や原体験を、子どもたちの記憶に残したいと思いました。私の故郷は愛媛の漁師町で場所も時代も違いますが、子どもの頃の思い出はいくつになっても忘れませんし、ずっと大切にしたい気持ちも同じです。この町の子どもたちが将来、思い出したときに「ここで生まれ育って本当によかった」と思える町をつくりたい。そうやって、先人たちの熱い想いを後世に受け継いでいくことが、この町や、そこに暮らすみなさんに対して、私ができる一番の恩返しではないかと思っています。

――恩返しですか?
はい。先ほどもお話ししましたが、長男が生まれてから本当にたくさんの人にお世話になりました。特に、二人目以降は夫婦だけでは力不足で、ご近所さんや町の人の支えがなければやってこられませんでした。人に助けてもらうことの大切さを実感し、助け合いをとおして町や人の関係が深まることも教えてもらいました。お世話になったみなさんにまずは一つずつ恩を返したい。そして、これからこの町で子どもを育てる人たちが、同じように大勢の人の助けを借りられるよう働きかけていくのも、私に与えられた仕事の一つと思います。

――渡辺さんや町のみなさんに伝えたいことがあれば教えてください。
もしも渡辺さんとの出会いがなければ、お世話になったみなさんへの恩返しの機会もなかったと思います。私を導いてくれ、ここに骨を埋める覚悟を決めさせてくれた渡辺さんには、本当に感謝しています。また、みなさんには、数え切れないくらいたくさんのご恩をいただき、本当に大切なことは何なのかを教えていただきました。渡辺さん、みなさん、これまで本当にありがとうございました。まだまだ頼りない私ですが、みなさんの思いを受け継いで一生懸命、努力を重ねてまいりますので、これからもご指導いただけましたら幸いです。

(インタビューは次回に続きます)

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