立憲民主党のインタビューを受けました #01

聞き手は立憲民主党東京都第2区総支部長の松尾あきひろさんです。
今回の内容は、生い立ちから政治家を志した理由までです。ご覧ください。


INTERVIEW#01 文京区担当政策委員 沢田けいじ
「子どもたちが当たり前に政治を志せる社会をつくるために」

立憲民主党は、2019年春に予定されている文京区議会議員選挙で、沢田けいじさんを公認候補に決定しました。沢田けいじさんは、東京大学大学院を修了後、都内の認可保育園や認定こども園で働きながら、下町の長屋での暮らしと子育てをとおして、地域活動やまちづくりに取り組んできました。夫婦で共働き子育てに奮闘しながら、生活と教育の再建を目指して区政にチャレンジする「路地裏の政治家」に、これまでの道のりをうかがいました。

――生い立ちを教えてください。
出身は愛媛県松山市です。海と山に囲まれ、昔ながらの地域のつながりや文化が残る瀬戸内の漁師町で、少年 時代を過ごしました。両親は教員で夜も自宅を開放して個人塾を営んでおり、幼少期はよく隣家に住む祖父母に面倒を見てもらいました。祖父母の家は古い木造家屋で、庭には野菜や草花、実のなる木があり、近所の友だちと木登りや秘密基地を作って日が暮れるまで遊びました。

――文京区で暮らし始めたきっかけは?
18歳で大学受験に挑戦し、ここ文京区にご縁をいただくことになりました。大学までの道すがら、同級生だった妻と散策した根津の下町が好きになり、以来、今日まで暮らし続けています。どこか懐かしい反面、訪れるたびに新しい発見があり、古くて新しい暮らしぶりのなかで自然と知り合いが増えるのがこの町の魅力です。

――ご家族について教えてください。
息子が3人おり、上は中学1年生、下は4歳です。長男が生まれるまでは夫婦二人で暮らしていたので、地域の縁はそれほどありませんでしたが、子どもが生まれて、いろんな方の助けを借りるようになり、地域の方に本当に感謝するようになりました。子どもの面倒を見てくれたり保育園に迎えに行ってご飯を食べさせてくれたり、お風呂に入れてくれることもありました。以来、この町のことが本当に大好きになりました。

――「まちぐるみの支え合い」ですね。
はい。まちぐるみで子どもを育て、育てられる関係は忙しく、時間もお金もありませんでしたが、困ったときは誰かが傍で手を差し伸べてくれると思うと不安も焦りもありませんでした。自身の経験やスキルを少しでも人や地域のために役立てたいと思い、保育園の父母の会や小学校のPTAに関わり始めたのもこの頃です。

――お仕事についても教えてください。
大学の専攻は農学部でしたが、教職をとるため教育学部にも通いました。特に保育・幼児教育学の授業やゼミは新鮮で、価値観を根本からくつがえされました。大学院修了後は、情熱あふれる先生方に背中を押され、一念発起して都内の認可保育園に就職しました。子どもと学び合い、育ち合いながら究めていく現場の仕事に純粋な喜びを感じ、保育士の育成や地域との連携、保幼小中学校との連携にも携わらせていただきました。

――政治家を志したきっかけは?
十年前に町会の青年部長をしていた文京区議会議員の渡辺まさしさんから年末の夜警に誘われました。初めて火の用心の拍子木を叩かせてもらいながら、地域の一員として認められた嬉しさと、これまでの恩返しができる喜びを感じました。以来、町会行事やお祭り、防災など関わりを深めるなかで、渡辺さんの熱心な活動に触れ、自分も少しでも見習いたいと思い、がんばってきました。

――立憲民主党を選んだ理由を教えてください。
政治は本来、もっと身近で当たり前なもののはずです。子どもたちが当たり前に育ち、人生を全うできる社会をつくるには、私たちが日々の話題で当たり前に政治を語れる状況が必要です。そんななかで子どもたちが当たり前に政治を志し、社会に秩序と統合をもたらす原動力になれるよう、力を尽くしたいと思います。「地方自治は民主主義の学校」という言葉のとおり、政治への関心は身近な問題から育ちます。立憲民主党は一政党に過ぎませんが、市民と政治家を結ぶプラットフォームの価値は無限大です。文京区が変われば他の自治体にも、地方自治が変われば国政にも、変革のチャンスが生まれます。一歩ずつ大切に、前へ進みたいと思います。

(インタビューは次回に続きます)

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