地方自治の基本は「住民自治」つまり「自分たちのことは自分たちで決める」ことです1。
議会はその自治の象徴ですが、実際は多くの人が議会のことをよく知らず、また議会に参加したこともありません2。
そのハードルのひとつが、不透明な運営ルールです。
「何がどう決まっているのか分からない」、「気になるけどどこか遠い存在」という声もあるとおり、議会での議論や意思決定のルールはあまり知られていません。
今回はそんな地方議会のルールの背景や課題について説明します3。
目次
1. 議会ルール=自治の「出発点」
地方議会のルールの根幹は「地方自治法」です4。戦後、新憲法とともに制定され、中央集権体制から地方分権体制への移行を進めました。
地方自治法の理念のもと、各地方議会には「会議規則」の制定が義務づけられました。自治の象徴である議会が自らの運営ルールをつくることで、他から干渉されない自律権を保障するためです5。
全国共通ルールの地方自治法とローカルルールの会議規則、2つの組み合わせで始まった地方自治ですが、年月を経るうちに議会内部の前例や慣習が継ぎ接ぎ状に重なっていき、条例や規則も増えて、いまのように地方自治法の規定を大幅に超える複雑なルール体系が形成されてきました。裏を返せば、議会の自律性がルールの肥大化や閉鎖性、硬直性の一因になっているともいえます。
このように、議会運営の自律性と安定性を高めるためにつくられたルールが前例主義と内輪主義の温床になる構造の問題は、「開かれた議会」を実現するために避けて通れない課題のひとつです。

「開かれた議会」をつくる道筋と課題については、以下のインタビュー記事をご覧ください。
▼透明で開かれた区議会から自治と民主主義を立て直す|沢田けいじインタビュー #4
https://sawadakeiji.jp/interview4/
2. そのルール、誰のため?
法律、条例、規則、規程、申し合わせ、先例——いまの区議会の運営ルールは複雑で多岐にわたります8。
国ルールとローカルルールの並存、申し合わせや先例など半公式ルールの蓄積、成文ルールと暗黙ルールの混在など、背景も位置づけもさまざまなルールが絡み合い、区民がその全体像を理解するのは極めて困難な状態です。
「バラバラでどこに書いているのか分からない」、「専門用語だらけで読みにくい」、「傍聴や請願など参加の手続が煩雑」、「難しくて近寄りがたい雰囲気」といった声は、区民のためのオープンなルールのはずが、いつのまにか住民から遠い議会内部のルールになってしまっていることの表れともいえます。
近年の議会改革で会議の透明性は向上しましたが、ルールは不透明なままです。自治の主役である区民の「何がどう決まっているのか分からない」というモヤモヤを解消するには、ルールを透明化して使いこなす仕組みや文化が必要です。

政治を自分ごとにする方法については、以下のインタビュー記事をご覧ください。
▼誰もが政治の主役になれる社会をつくる|沢田けいじインタビュー #3
https://sawadakeiji.jp/interview3/
3. どうすれば?
不透明なルールやモヤモヤは「よく分からないから放っておこう」という人任せの発想や無関心・無力感につながります。「自分たちのことは自分たちで決める」という自治の理念を実現するには、「ルールの決め方」から自分たちで決めるのが大切です。
特に、関係者だけの話し合いで取り決める「申し合わせ」や過去の事例や慣習が規範化した「先例」のなかには一見なんでそうなっているのか分からないルールもあり、「知らないところで勝手に決められていた」というイメージが先行しています9。
申し合わせや先例以外に、明文化していない慣例(暗黙の了解)もあります。不透明なルールは新人議員や議会事務局職員の障害になるうえ、「どこまでがルールか分からない」という混乱や「掟破り」のレッテルによる孤立の原因にもなります。「ずっとそうだから仕方ない」と諦めるのではなく、区民と議会・事務局が協力して一つずつチェックし、誰もがわかりやすい形でまとめ直す必要があります10。

議会内の会議体の種別については、以下のブログ記事をご覧ください。
▼どんな「会議」があるの?|沢田けいじブログ
https://sawadakeiji.jp/2022/03/14/1647/
4. たとえば?
1) 見えないルールの可視化
先例や慣習に従って行っているもののなかには、明文化されていないルールもあります。こうした暗黙の了解を可視化し、誰もが理解できるルールにすることで、区民や議員が「ルールを知っていればできたのに」ということを予防できます11。
また、法的根拠や実際の適用事例を添え、「誰がなんのために決めたのか」を明らかにしておくことで、誰もがルールをどう使いこなせばいいかを知ることができます。
2) 複雑なルールの整理
ルールによっては、申し合わせや先例など区民から「見えにくい」半公式ルールと、条例や規則などの公式ルールの組み合わせで決まっている複雑なものもあります。「どこでどう決まっているか分からない」というケースをなくすには、関連する内容は一覧できるように整理するか、フローチャートやAI検索を活用して「やりたいこと」から逆引きできるような工夫が必要です12。
また、不透明なルールを位置づけや拘束力で整理し直し、公式の規則や規程に統合・簡素化してホームページで一元公開することで、より分かりやすくする努力も求められます。

▼文京区議会関係例規集/申し合わせ事項/先例|Notebook LM
https://notebooklm.google.com/notebook/5a30fdd7-4d68-40fc-ba07-5a98ca4c3d45
3) 変更経緯の可視化
ルール変更の多くは議会内部の議論で決まるため、その経緯や理由を区民が知る機会は限られます。申し合わせや先例を含め、ルールの変更の際は開かれた場で議論するのとあわせて、新旧対照表と変更理由(反対意見を含む)を添え、過去の変更の経緯が一目で分かるようにしておくことで、「知らないところで勝手に決まっていた/変わっていた」ということがないようにできます。また、こうした積み重ねが「ルールは自分たちで変えられる」という自治の意識の醸成にもつながります15。
4) 重要なルールの条例化
議会のルールには会議規則や傍聴規則など、区民の権利を制限したり義務を課したりする内容のものもあり、本来は、区民が制定や改廃を求められる条例で定めるべきです16。
特に、傍聴や請願など、区民と議会をつなぐものについてのルールは、条例にして区民の意思で見直せるようにすれば、「自分たちのルールは自分たちで決める」という自治の理念をひとつ実現することができるし、区民の利益と議会内部の利益が衝突して議会への不信感を生むこともなくなります17。
5. ルールの見直しは自治の「再出発点」
地方議会は「難しいし近寄りがたい」、「よく分からないから任せておこう」と思われがちですが、実際は「自分たちのルールを自分たちでつくりなおす」体験をとおして、自治のマインドを育てるのに最適な場です。
「ルールは与えられるもの」という思い込みにとらわれず、区民と議会が「もっといいルールがあるかもしれない」という前提を共有し、ルールのアップデートに取り組むことで、もっと創造的な民主主義の文化が生まれる土壌もできます。
出発点は、「なぜそうなっているのか」を問い直すことです。子ども・若者向けのワークショップや議会ルールの公開検討会など、区民と議会で協力して取り組めるテーマは数多くあります。
ルールを理解する▶意見を言えるようにする▶議会を変える▶まちや暮らしを変える——地方自治を私たちのものにするために、まず議会ルールを見える化し、問い直すところから一緒に始めてみませんか。
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- 日本国憲法 第92条では住民自治と団体自治の2つからなる「地方自治の本旨」の基本理念を、これを定めた地方自治法では選挙権、直接請求権、住民投票や請願・陳情に関する権利など、住民自治を実現するための住民の権利を定めています。
また、文京区の自治の基本理念を定めた「文の京」自治基本条例では住民自治の原則を「協働・協治」と呼び、自治の理念と位置づけています。 - 地方議会がなぜ身近に感じられないか、なぜ議会に参加できないかは以下のインタビュー記事をご覧ください。
▼あなたと議会をつなぐ。生活と政治をつなぐ。|沢田けいじインタビュー #5
https://sawadakeiji.jp/interview5/ - 文京区議会の会議の種別については、以下のブログ記事をご覧ください。
▼どんな「会議」があるの?|沢田けいじブログ
http://sawadakeiji.jp/2022/03/14/1647/ - 日本国憲法 第93条は、議会を地方自治体の意思決定機関(議事機関)と位置づけており、地方自治法は、会議の定足数、表決、公開、会議録の作成など議会運営に関する基本ルールを定めています。
- 地方自治法によると、議案の手続や傍聴・請願の取扱、質問の回数や委員会の運営など地方自治法に定めのない細かい運営ルールは、各議会が会議規則で定めることになっています。そのほか、会期の決定や議長・副議長の選挙、議員の懲罰なども議会が自ら決定できます。文京区議会の会議規則は、以下の例規集をご覧ください。
▼文京区議会関係例規集, pp.8-29, 文京区議会会議規則
https://www.city.bunkyo.lg.jp/documents/9756/bunkyokankeireikisyu.pdf#page=9 - 標準会議規則は、全国都道府県議会議長会/市議会議長会/町村議会議長会のそれぞれが作成しています。歴史的には、戦前の中央集権体制では中央政府の決定に従う下請機関であり、戦後の改革でもトップダウンで新制度を与えられただけの地方議会には、自律権を行使した経験が少ないことも要因のひとつです。
- 標準会議規則への依存を危惧する声もあります。具体的には、議員の権利が制約され、少数派の意見が抑圧されて十分な審議ができないリスクがある点や、欧米の地方議会と比べて、こうしたリスクやルール違反に対処する公的なしくみ(司法制度や倫理審査会など)が不足している点などです。詳細は以下の参考文献をご覧ください。
▼駒林良則. (2020)「地方議会の会議規則に関する覚書」 立命館法學, 2020(1), 15-44.
https://www.ritsumei.ac.jp/acd/cg/law/lex/20-1/002komabayashi.pdf - 文京区議会に関係する条例、規則、規程などは関係例規集を、申し合わせは申し合わせ事項を以下の区議会HPからご覧ください(先例の公開は情報公開請求が必要)。
▼文京区議会関係例規集|文京区議会
https://www.city.bunkyo.lg.jp/b046/kugikai/p000002.html - 文京区議会の交渉会派の構成要件や二人以下会派の取扱、委員会の所属・構成や議席・控室の決定方法などは申し合わせ事項に定めています。
▼文京区議会申し合わせ事項集|文京区議会
https://www.city.bunkyo.lg.jp/documents/9756/mousiawasezikou2.pdf - 文京区議会には、本会議での請願の採決や動議・異議の申し立てなど、会議規則で要件を定めていても具体的な手続は明文化していないものがあります。手続が曖昧なほど議事整理権を持つ議長の裁量が増え恣意的な運用のリスクが高まるほか、区民や新人議員には見通しが立たず慣れた議員や職員に有利になります。区民の信頼を得て関心や参加を促すには、ルールの見直しや手続の見える化が必要です。
- 2025年6月定例議会に提出された「再審法改正の促進について、国に意見書の提出を求める請願」の審査(同年6月19日の総務区民委員会)の際、委員の過半数が採択すべき(出席委員7人のうち採否4:3)と主張しましたが、委員長は「意見書提出を求める請願は全会一致の場合のみ採択」という慣例に従って不採択すべきと決定しました。傍聴席にいた請願者からの「何がどう決まったのか分からなかった」という声や紹介議員からの「事前に分かっていれば請願者に助言ができた」という声もあり、判断基準や手続の透明化が求められるケースの一つといえます。なお、意見書提出を求める請願の取扱は、以下の文京区議会が定める「意見書及び決議に関する内規」第6条にありますが、審査方法は明記していません。
▼文京区議会関係例規集, pp.63-64, 意見書及び決議に関する内規
https://www.city.bunkyo.lg.jp/documents/9756/bunkyokankeireikisyu.pdf#page=64 - 2025年6月定例議会に提出された「委員会のインターネット中継の速やかな全面実施を求める請願」と「全国的な傍聴ルール見直しに沿ったICT機器使用容認の請願」の本会議での採決(同年6月24日)の際、議長が提案した「一括議題」で「簡易表決」とする慣例に対して、少数会派の議員から会議の原則どおり「一議事・一議題」で「起立表決」とすべきという異議の申し立てがありましたが反対多数で成立しませんでした。上記の慣例は円滑な議事進行のために設けられた会議規則の「できる」規定(第31条および80条)を適用したものである一方、異議に対する手続は規則等で明文化していないため、議長の判断で多数決とされ多くの議員が十分に理解しないまま大差で不成立となったものです(出席議員32人のうち4:28)。このように手続が不透明で見通しの立てづらい異議は理解も成立もしにくく、また、ルールが曖昧で議長の裁量が大きいほど、少数意見は無視され恣意的な議会運営のリスクが高まります。
- 生成AIが身近になり、誰もが主体的に情報の公開や透明化に活用できるようになりました。特に、これまでクローズドだった過去の慣例やルール、議論の経緯や詳細をオープンにすることは議会への関心や信頼、参加意識を高め、地方自治の理念の実現にも貢献できます。
- ご利用にはGoogleアカウントが必要です。ご自身のアカウントでログインしてチャット入力欄に「意見書提出を求める請願の取扱を教えて」のように入力してください(「ソース」タブから検索対象の例規等の取捨選択も可能です)。
- 文京区議会の運営ルールの変更については、交渉会派(所属議員が3人以上の会派)の幹事長だけが参加する幹事長会や懇談会で協議します(傍聴/議事録なし)。最終決定は議会運営委員会や本会議で行いますが、その間の議論の経緯や変更の理由を知る方法は限られます。これらの会議体の種別と課題については、以下のブログ記事をご覧ください。
▼どんな「会議」があるの?|沢田けいじブログ
https://sawadakeiji.jp/2022/03/14/1647/ - 地方自治法 第74条に住民は有権者の総数の1/50の署名をもって条例の制定・改廃を請求できると定めています(直接請求権。ただし決定には議会の承認が必要)。
- 滋賀県大津市議会は、住民の利益を保障するため「開かれた議会」を目指した議会改革を進めており、2014年にこうした規則を条例化し、会議規則や傍聴規則を再編しました。また、2015年には議会基本条例を制定して議会の理念や責務、市民参加や議会改革の基本方針を定め、その実現のための実行計画を策定して年度評価を実施しています。
一方、文京区議会は、その役割と責務を「文の京」自治基本条例 第5章(区議会の責務)に定めていますが、区民参加や議会改革の基本方針・実行計画は定めていません。議会の基本的事項を明文化し、誰もが参加しやすい/したくなる議会をつくることは私たちの課題です。